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よりによって10万人に数人という原因不明かつ根本治療が心臓移植のみとい
う「特発性拡張型心筋症」という病気にかかったのは不運としか言いようがない。
しかしながら、そんななかでも結構幸運・グッドタイミングなところがある。
2回目の心不全を起こした時
1.バチスタ手術が日本で始まって一年半たち、今年の一月から健康
保険が適用になったこと。
健康保険の適用により手術数が増え、(たぶん)病院側も経験を積んでき
た。健康保険適用前の昨年までの約一年間では10例程度であったのが、
適用後の8ケ月で、22例程度と倍にもなっていた。そして自分の時は33
番目であった。
数をこなしてきた分だけ、分かってきた事も多くなったみたいで、成功率
も上がってきたようである。また、数を多くこなしたことで受けるほうにも
安心感ができた。
やはり、実施数が1−2例しかないとなると「実験」の意味合いもありそ
うで「安心して」手術を受けることができない。
2.タイミングよくバチスタ手術になった
今まで行っていた病院から他の病院への転院時期と、病状の進行状況が、
うまい具合にマッチしたこと。
手術の時期があまり遅れなかった(?)ので、体力がある内に手術ができ、
手遅れにならなかったと思う。
これが、バチスタ手術が日本で実施される前や、実施後半年程度のときに
病状がすすんでいたと思うと・・・・・・・・。
もしかしたらバチスタ手術に踏み切れなかったかも知れない。
3.勤務先が一番条件の良い所だった。
平成元年:平塚、平成3年:新宿、平成6年:横浜、平成9年:関内 と
勤務地が変わっているが、関内の事務所に在籍していたこと。
家からは、横浜についで一番近い場所で、なおかつ関内駅には
エスカレーターが設置されており、行き帰りとも利用できたことから、
横浜よりも条件が良かった。
一番近い事業所がある横浜駅は、ホームの上り下りにはエスカレーターが
なく階段を使用しなくてはならない。
また、家の方の駅にもエスカレーターが設置されており、家から会社まで
で階段の上り下りは全部で一回の下りしかなく、通勤が非常に楽であった。
また、通勤時間もdoor to doorで25分と短かかった。
これ以上、条件の良い勤務地はない。
ということで、2回目の心不全による退院後も、勤務時間を「半日程度」に
制限したが、なんとか会社通勤・勤務ができた。これが「もっと長い通勤時
間・階段がいくつもある。」ような通勤条件であったら、手術までの半年の
間通勤できなかった。
4.会社でパソコンシステムが本格的に稼働していたこと。家でもインターネット
などが使えるようになっていたこと。
仕事の性質上、結構電子メールを使った連絡がありメールですんだことが
あった。場合によっては、家からメールの発信・着信を行い、仕事のフォロー
ができた。
また、インターネットが会社・家両方でできたこと(自宅では昨年12月
よりプロバイダーに加入した)。インターネットで病気についてのいろいろ
な情報を入手できたこと。医者が教えてくれない情報なども手に入り、心構
えなどもできた。行動範囲が狭くなっている時にインターネットで情報が
取れたことは、すごく役にたった。
とてもじゃないが、図書館・本屋などに行って病気の情報を入手することなど
体力的にできなかった。
また、電子メールが会社・家の両方で電子メールが使用できので、友人などに
メールを出すことにより、思いが内にこもらず適当に発散できた。
電話ではこうはいかない。
5.病院が近かった。
病院が大船にあり、家から1時間弱と近いところにあった。
入院するとなると、病院が近いと本人も家族もなにかと楽である。
手術で入院していた時に大阪の人、群馬の人などが同じように手術入院してい
たが、家族(奥さんなど)が近くの旅館・ホテルに泊まったり、家に帰ったり
と結構大変であった。それに比べればなんと条件が良いのか。
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こう考えていくと、こんなにいろいろな面で条件の良い患者はいないので
はないか。
てことは、ものすごく運が良いと言うこと。
それにしては、「宝くじ」いくら買っても当たらない。
やはり、運が悪いのか。
【平成11年4月 追記】
・平成10年の年末ジャンボ宝くじを買ったが、やはり当たらなかった。
・平成11年1月7日 パソコンのハードディスクが壊れてしまった。
・平成11年3月22日 パソコンのプリンターが壊れてしまった。
やはり、「運は良くない!!」
以上
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