バチスタ手術体験記 inplant-02|
高速道路を使い約40分で葉山ハートセンター着。救急車からICUに直行。 ICUには顔見知りのDrが2人おり患者を診ていた。 思わず、すれ違いざま「あ、こんばんわ」。 こんな形でDrと合うとは思わなかった。 ICUですぐに心電図モニター、血圧モニター、酸素測定、酸素吸入などをする。 ほどなくして妻が面会に来る。 少し話したあとこれからの見通しを下記のように話す。 「これで入院1−2週間かなと思う。もしかして除細動器をつけることになるかとも思う。」 妻も帰りICUで落ち着いた頃、ナースが「ヒマでしょうから」とTVを見せてくれる。 ラッキー。 薬はアンカロン100mgを4錠。大量投与だ。 以前起こしたような副作用(間質性肺炎)が起きないことを願う。起こる前に早く量を減らし てもらいたい。 思えば、初めての心不全による入院も含めて H7/9 約2週間、 H9/12−1 約1週間、 H10/5 約2週間、 H12/9 約2週間、 H13/4 約2週間、 そして今日と、6回も「緊急入院」をしている。 (手術前の検査、手術、手術後の定期検査の入院等の予定入院はのぞく) 救急外来に駆け込めばいつも入院。けっこう入院なれしたもんだ。 「気がつけば、そこは病室、ICU」 あまり聞いたことはないが、このときの妻の思いはどんなだったのだろうか? そして、今日も。 たび重ねて心配をかけている。本当にすまないと思う。 翌25日午前、一般病棟へ移る。病棟から迎えに来た2人のナースは顔見知り。一人は手術の時 から知っており、ほっとする。やはり知っている人がいると安心。 ベッド上安静。点滴は変わらず。食事は普通食。 ベッド上で心エコーをする。モニターが見え、「EF21」という文字が読みとれた。 「ちょっと悪いな」と思う。 26日から室内移動OK。点滴は変わらず。 回診の時、Drから「もうすこし落ち着いたら近くの不整脈専門医に行ってもらう」との話がある。 以前、アンカロンによる「間質性肺炎」になったので気になるのでその旨を話す。 「レントゲン等みながら気をつけていく」との返事。 今はとりあえず不整脈を押さえ込まないといけないのでアンカロンを大量投与? するのは しかたがないにしても少し気がかり。 今 100mg×4錠で一日400mg。 以前は100mg×2錠で一日200mg。 その後数日の間に各種検査。 24時間ホルター、心電図、胸レントゲン、血液検査等々。いつものなじみの検査だ。 薬はアンカロンが増えただけで他は変わらず。 病室は窓側に面したベッドで、目の前に相模湾が広がりとても気持ちがよい。はれた日には 真っ正面に富士山も望まれる。今は室内だけの移動しかできない状態。だが、体のほうは発作以前 と変わらず。体調がいつもと変わらないので一日中ヒマを持てあます。 次回同じような発作があったとき備えて「エマジェンシー用メモ」を作る。 病歴(経過)、服薬、かかっている病院・診察券の写し、健康保険証および特定疾患受給者証の写し、 心機能検査データ、自宅・家族等の連絡先などを一枚の紙で作り、サイフに入れて常時携帯することに する。退院したらちゃんとしたものを作るつもり。 これだけあれば知らないところで病院に運ばれた時でも、役に立つと思う。 (そういう時がないことを願うが) 29日に心電図を採ったが、心電図の係の人と次のような会話をする。 (係) (こういう不整脈は)初めてですか? (私) そう、初めて。ちょっとびっくりした。 病院のモニターを見ていたら(脈が)たしか186位あった。 (係) そうですね。(あちらの病院から持ってきた)心電図を見て、 (Dr)が皆びっくりしていました。 (私) 左手が数回痙攣した。 (係) 酸欠になると痙攣します。でも、すぐにおさまってよかったですね。 発作は一回だけだが、やはりかなり深刻なようだ。もしかしたらICDを着けることになりそうと 思う。 今後の見通しを考えると 1.薬だけでいく→次ぎに起きたとき危ない。 2.ICD装着 →発作が起きても死ぬことはない。 の二つ。 「1」ならあと一週間程度。「2」なら約一ヶ月の入院。 はたしてどちらになるのだろう。 いずれにしても判断は不整脈専門医に診てもらってから。 1日午後、婦長から明日横須賀にある不整脈の専門医のところに行くと説明あり。 いよいよか。 夕方の回診のときバチスタをした時にもお世話になったDrが来る。昨日まで京大病院に 行っていたとのこと。前回会ったのはたしか3年以上前。よく覚えていてくれしばし雑談をする。 他のDrははっきりとは言っていなかったのだが、 このDrは「ICDを着けたほうが良い」とはっきり言った。 以上 |