ハート バチスタ手術体験記   inplant-06
絶望から希望へ!! 難病の特発性拡張型心筋症に罹り心臓移植を勧められたがバチスタ手術をした 私の体験記。拡張型心筋症でバチスタ手術をするまでと、その後をつづったもの。  横須賀 動作チェック〜横浜(自宅)へ(H15.4.18記)

インプラント−06 横須賀 動作チェック〜横浜(自宅)へ(H15.4.18記)




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 抜糸までの間は抗生剤の点滴を毎日、朝・夕二回(約30分)。傷口の消毒とガーゼ交換を 毎日一回。一週間、傷の癒えるのを待つ。この間2回位、レントゲンと心電図。

 傷の痛みはそれほどでもないが、腕を動かしたときなど力が入りかなり痛い。これは止血の時 に力を加えすぎたと思われる。また、バンソウコウかぶれが出てきて、こちらのかゆみの方が傷 の痛みよりも多いようだ。毎日ガーゼを取り替えるたびにバンソウコウの位置をずらしてもらう。 また、Drに話しかぶれの少ないバンソウコウを使ってもらう。

 ICDを入れたポケットの傷口はわりときれいについた。傷は良くなるが、やはり違和感と 重さを感じる。立っている時はそうでもないが、寝ているとき、特に仰向けから右向きになろ うとすると重く感じる。

 14日から、アンカロンを半分の200mg/日とする。前日、「前に間質性肺炎をおこした 時は、100mgだった」とDr にいうと「ICD動作チェックのあと考えて見ましょう」。 やはり、アンカロンの副作用の間質性肺炎が気になる。

 テスト前日の14日、Dr から次のような説明を受ける。
 ・明日、動作チェックをする。17時ごろからで、約1時間。
 ・植え込みのときは心室細動しかテストしなかっかが、今度は心室頻拍もやる。
 ・心臓のBNPは59と驚くほど良い。大きな心臓でこんなに少ない人は初めて見た。
 ・心臓の動きの割りには拍動量はすごく良い。丁度バランスよく働いている。
 ・結果は16日に説明する。17日には退院しても良い。

 15日、いよいよ最終テストと抜糸。

 開始予定にすこし前から点滴開始。また、最後の抗生剤の点滴も行う。これが、今度の入院で 本当に最後の点滴になるはず。(絶対にそうなってほしものだ)

 予定より少し遅れ、カテ室から呼ばれる。ナースから、「緊張している?」と聞かれるが、 まったくいつもと変わらず。むしろ植え込み時にやった「失神は気持ち良かった」と思いだす。

 車イスに乗ってカテ室に行き、カテ台にのる。
17時30分ごろから開始し、18時15分終了。心室細動1回、心室頻拍をいろいろと条件を 変えて何回かする。

 胸のICDの上にカップラーを置き、パソコンへ接続。パソコンで、動作条件を設定し、ICD から不整脈を起こさせる。テスト前は、カテーテルにてワイヤーを通して不整脈を誘発させると 思っていたが違った。カテでなくて良かった。

 ICDから誘発させ、ぺーシングまたは電気ショックで不整脈をストップさせる。ほとんどは ぺーシングでストップ。ICD植え込みの時にもやったが、VT発生〜ぺーシングにより停止、 VT発生〜ぺーシングにより停止を短時間で連続的に繰り返すと、ものすごく気持ち悪い。これ はやりたくない。

 心室細動による電気ショックをしたのは一回きり。
「始めます」の声がかかると、もうなにも覚えてない。気がついた時には全て終わっており、 やはり失神した。

 「動作は全てうまくいった」
 病室のベッドへ戻り、点滴も外した後、Dr に言われる。
 この時、初めて「終わったんだ」と思い、安堵する。

 夜遅くなって抜糸。ICD用ポケットは5針縫ってあった。糸を抜くときが結構痛かった。 糸を抜いた後「傷口はきれいだ」と、Dr 。抜糸されながら、バチスタの時は抜かない糸を 使ったのにと、思い出す。確かに心臓を縫った糸は抜くことができないので抜く必要がない糸を 使うしかない。このような抜く必要がない糸なら後が楽なのにと思う。

 翌16日の夜、Dr から妻と二人で説明を聞く。

(説明)
    1 ICDを入れたポケットの縫合したところはこのまま何もせずで良い。
    2 シャワーはすぐに使って良いが、風呂は2−3日経ってからにすること。
    3 アンカロンの副作用のチェックを含めて、しばらく外来で診察する。
    4 ICDチェックは、1ヶ月目、3ヶ月目に行い、以降3ヶ月毎に行う。
    5 バチスタをしており心臓が大きいのに、弁の逆流がほとんどない。
    6 BNPが59と低い事に驚き。こんな人初めてだ。
      他のDr が「590の間違いではないか」とおまりの低さに驚いていた。

 その他、いくつかの質問をする。

 Dr からの説明・質問などが終わったところで、今までほとんど聞いているだけだった妻から 次の質問。

    「正直なところ、あと何年位もちますか? 5年位は・・・・」

 聞きたいけれど怖くてなかなか聞けない質問。今回ICDを入れた事で突然死のリスクはほと んど無くなっているはず。とすると、心不全がどの位の早さで進行するかだ。自分ではあと3年、 いや5年は何とかもってほしいと思う。

 今まで聞いた話から、次のようなことを考えていることをこの場で話す。

     今年、来年から 両室ペーシング、2−3年後には 人工心臓
    と丁度よいタイミングで新しい治療法が実用化されてくるはずなので、今よりさらに悪くなったとすると、
     2−3年後に、  両室ペーシング
     5−6年後に、  人工心臓
    が考えられる。
 Dr は、この考えを肯定も否定もしなかったが、他の療法、「温泉療法」、「運動療法」など もあると言い、結構この二つの療法を評価していた。

 とすれば、あと10年くらいはいけるかも知れない。だけど、だんだんサイボーグみたいに 機械が入ってくるので、ちょっといやな感じ。 両室ペーシングはあまり抵抗がないが、人工心臓はまだ多くのためらいがある。また、当分の間 保険は効かないだろうから、医療費は自己負担となり費用の点からもむずかしそうだ。

(注:7/25追記
   補助人工心臓本体 2000万円ぐらい、6か月間の治験に2000万円ぐらい。
          (厚生労働省 01/04/06 心臓移植に関する作業班第1回議事録)
   「ノバコア補助人工心臓」は本体価格約1800万円。(毎日新聞 7月初め)


 さて、妻の質問への答。

 勿論「あと何年」とは言わなかったが、心不全が悪化すると思ったより早く逝ってしまうことも あると、次のような例をあげた。

 DCMで、ICDを装着の大工さん。年齢は60代。
働いている時に、具合が悪くなり心不全で入院。その後ほどなくして逝ってしまった。

この例のように、時にあっという間に逝ってしまうこともあると言う。

 「あと何年」と聞いたときの妻の思いはどんなものだったのだろう。
5年前には「あと1年」と告知された、この時はまさに晴天の霹靂。あとで人知れず沢山の涙を 幾度も流したと聞いた。

 ICD植え込み前、「今では何があっても驚かない。今回のICD植え込みは成功率100% なので、バチスタ手術に比べれはどうってことない」と強がり(?)を言っていた。決して口に はださないが、毎日とは言わないまでも、折にふれ「いつかその時が」と、覚悟を決めているの だろう。普段からそんな素振りは見せたことが無く、自分には解らないが相当つらい思いをして いるのだろう。

 本当に心配ばかりかけてすまない。感謝しなくてはいけない。

 Dr の説明は8時に終了。

 明日の朝10時すぎ、10時〜11時の間には退院できるので、来てもらうことにし、妻は帰る。 退院前の最後の夜、家に帰るまでは何もすることがなく、とてもうれしく気楽な夜だった。だが、 なぜかよく眠れず、静かなとても長い夜だった。

 翌17日、待ちにまった退院。
 やはり朝から気持ちが軽い。念のため妻に電話し「11時近くに来ればよい」と伝える。
予定どうり来ると思っていたが、
 「今、調子が悪いので寝ている。悪いけど一人で帰ってきて」
という。
 今までめったにこんな事はないので少し気がかり。

 全ての退院手続きをすませ、病院を出るときに電話するが、電話に出ず。
気分が戻って買い物にでも行ったのかと思い、さほど気にしなかったが、家の近くの駅から再度 電話するがやはり出ず。買い物にしては長すぎるので、なにかあったかと心配になる。

 家に着いてみると、玄関に張り紙。

 「奥さまが具合が悪くなったので病院に行きました」

 え、と思い、隣の奥さんに話を聞くと、
「目が廻り気持ちが悪くなったので、病院へ送って入った。救急外来で診察している」

 まさか「入院?」と思いつつ病院に行くと、診察・検査を終えた妻とすぐに出会う。
聞くと、もう治っており検査でもなんともない。 妻の顔を見て本当に安心した。

 夫婦で変わりばんこに入院なんてしゃれにならない。本当にたいした事なくて良かった。
きっと、私の入院中の看病疲れなのだろう。

以上
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