ハート バチスタ手術体験記   newstage-02
絶望から希望へ!! 難病の特発性拡張型心筋症に罹り心臓移植を勧められたがバチスタ手術をした 私の体験記。拡張型心筋症でバチスタ手術をするまでと、その後をつづったもの。  職場復帰(H11.2.04記)

ニューステージ−02 職場復帰(H11.2.04記)




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予定通り、約一ヶ月の自宅療養を終えて12月21日(月)に出社した。 この日から仕事に入れると思っていたが、すんなりとは職場復帰できな かった。

復帰までの顛末

    手術前に休暇の申請を出してあったが、この休暇理由から会社の産業医 が、なんと「就業禁止」命令を出していたのだ。「就業禁止」、まった く寝耳に水。書類を見せて貰ったら、入院した翌月曜日(10月26日) からになっていた。就業禁止。会社に来て仕事をしてはいけないなんて、 こんなことあり?。
    なんてこった。

    このため、出社してすぐに産業医のところ行き面談する。
    とりあえず、血液検査、心電図、胸レントゲンを撮り、診察。
    心電図はとてもきれいな波形だった。胸レントゲンの心臓の形もとても きれいなラグビーボールで、手術前と比べると小さくなっているのがよ くわかる。診察結果は良好。本人もすこぶる調子良し。

    ところが、
    産業医曰く「手術によって良くなったのは判るが、どの位良くなったの かは自分では判断できない。従って病院の医者の診断書が必要なので貰 って来るように。それを見てから判断する。」
    たしかに自分のように「バチスタ手術」をした人は今のところ日本で は(生存した人は)40人くらいしかおらず、産業医にとっては初めて のケースであるし、いやバチスタだけでなくDCMの患者を見るのも初 めてなので慎重になるのは判るけど。 「慎重すぎるのではないの」と いいたくなる。

    職場復帰するのに診断書がいるなんて自宅療養中はまったく考えてもみ なかった。知っていたら退院時か、退院後2週間目に診察に行ったとき にも貰って来たのに。なんてこった!!

    すぐに、手術をした湘南鎌倉総合病院のコーディネーターの方に電話し、 事情を話し診断書の作成のお願いをする。快く受けてくれ、「明日の 夕方に来て下さい」ということになる。

    早速翌日病院に行きお願いする。
    コーディネーターがDrに相談したら、「(全日の就業と思って)今の 段階ではそこまでの(終日勤務OKの)診断書は書けない」という。 再度コーディネーターさんと話し合い、とりあえずは手術前と同じ「半 日就業で良い」ことで理解してもらい、なんとかその線で書いてもらっ た。但し、Drのほうも診断書の文面を大分考えたようだった。 とにかく診断書が手にはいる。これで会社に出られる。

    翌23日は休日なので次の24日。
    「これでどうだ」という感じで、産業医に診断書を持っていく。
    自分としては今日からでも明日からでも就業できるように産業医に許可 を出して貰いたかったので、平身低頭お願いするが「そんなに急いで復 職してもしょうがない。心臓はゆっくり休ませた方がよい。年内はゆっ くり休んで年明けから出社すればよい。」といい、「年内はどうしても ダメ。年が明けてからにする。」という。
    年内に復職しないと休暇が無くなってしまうので、泣きついてなんとか して貰おうと粘ったがやはりダメであった。

    結局、年明けの1月4日から出社できるように許可を出してくれること になる。勤務条件は一日4時間(半日勤務)。 10時から15時を目 安に勤務できることになる。
    4日から出社だと、休暇の残りが0.5日。ぎりぎりのところで欠勤に ならなかった。

2ケ月半振りの出社

    1月4日仕事始めの日。2ケ月半振りの出社。
    年の初めの日なので新たな気持ちになるのは当然であるが、職場がとて も新鮮に感じられる。年の初めだということだけでなく、やはり「職場 復帰」ということで新鮮な気持ちだ。なんだか転勤で新しい職場に初め て来た日のような気持ち。
    「あ、ちゃんと机がある」よかった!!!  (思わず心の中でバンザイ)

    この日は、長い休暇のあとと・新年の挨拶ぐらいしかしなかったが、自 宅にいるのと違って緊張しているのか、(会社)にいるだけで疲れた。 周りの全てが新鮮に感じられた。目がキョロキョロしてしまう。

最初の二週間。1月14日まで。

    半日勤務で10:00−15:30の勤務であるが、やはり家に居たと きと違って疲れが出る。普通(健康な時)でも、長期休暇明けには数日 間はペースが戻らず疲れが出て調子が元に戻らないことがあるが、考え てみればものすごく大きな手術後の病み上がりであればしばらくは疲れ が出ても当然か。

    大体、昼頃になるといっとき眠気が出る。夜には足(足首まで)に少し だがだるさがでる。まだ、判断がつかないが、どうも「疲れ、眠気、だ るさ」は久し振りの仕事のせいではなく、「自分の体力のせい」みたい に思える。EF=30とかなり良くなり、不整脈・動悸などもほとんど 感じない程度に減ったのだが、この数字ほどには体力が戻っていないよ うだ。

    EFの数字からすると、3年前とほぼ同じであるが、3年前の体力には 戻っていないようだ。つかれ、眠気、だるさは手術前に比べれば減って はいるが、「無くなってはいない」といったところ。

    1月、いや2月一杯は、極力静かに過ごして、体力を消耗するような事 はせずに体を大事にして、万が一にも「心不全」など起こさないように しなくてはいけない。
    少し「弱気」でいった方が体を大事にするので良いと思う。いまさら 急いでもしょうがないし。

次の二週間。2月初めまで

    出社二週間もすると、大分慣れてきた。
    一応半日でできるような仕事をしているが、締め切りが迫っている時な どはやはり「がんばって」しまう。あまり「ガンバル」とどうしても 動悸が出たりする事もあり心臓には良くないようだ。やはりゆったりと しているのが一番いいみたい。
    とは言ってもね。そうもいかない時が必ずあるし。

    職場の周りの皆は、ほとんど何も言わないけれど随分と気を使ってくれ ていのが良くわかる。まだまだ恐くて、気を使いすぎの時がある。
    職場に半日しか居ないと、どうしてもその前後に起きたこと(あったこ と)については全く判らないので、時々「疎外」されているような 感じがする。聞こえてくる話の内容が全く判らず、いちいち何のことか 聞く事もできないし。これは結構つらいものがある。

    ふっと、「窓際族」ってこんなものか。なんて思う時がある。

    でも、考えてみれば「職場復帰できただけでも幸せ。しかも、術後2ケ月。 こんなに早く復帰できただけでも幸せ」と思わなければいけないのかも判 らない。
    もし、仕事が「体力のいる仕事・力仕事」だったら職場転換もしくは、 転職になってしまう。
    転職にでもなったら、再就職はできないだろう。

    本当に「復帰できただけでも幸せ!!!」


職場復帰が早すぎ?
もう少しゆっくりと療養してからでも良かったかなとも思えるこのごろ。
「なまけ」病がでたかな???

以上

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