バチスタ手術体験記 newstage-05|
そう言えば、昨年の9月17日(木)は初めて湘南鎌倉総合病院に行った日。早いものであれから もう一年になる。やっとバチスタ手術をする決心をして、妻と二人で病院に行った。 大船駅の階段を昇るのがとてもかったるかったのを思い出す。本当に一歩一歩ゆっくりゆっくりと 昇っていった。(たぶん)70過ぎの腰の曲がったおばあさんよりもゆっくりなスピード。この 病院に行くことはバチスタ手術をするということ。一応決心はしたが、なるべくならまだ手術はし たくない気持ちのほうが強かった。行けば引き返せない。 (はっきり言ってバチスタ手術の成功率・術後生存率などよく判らないし、心臓移植までのつなぎ という程度の評価しかされていないことがわかっていた。) そんな気持ちもあって階段を昇る足がいつもより重かったのかもしれない。 いくつかの検査のあと心臓血管外科部長との面談。 現在の状況の説明を受ける。 状態はかなり進んでおり、話をするのにも息が切れていると言われる。また、このままだと 「あと×年」とずばり言われる。なんとなくそれまでも長くはないとは感じていたが、面と向 かって、妻と二人で「あと×年」と聞いた時には思わず我が耳を疑った。ああ、やっぱりそう だったのだ。そんなことはない、これは何かの間違いだ。という二つの思いが交錯する。 しかし、思ったよりも冷静に(と自分では思っていた)冷めて受け止めていたのはどう してだったのだろうか。 思わず妻の顔を見たが、果たして妻の思いはいかばかりだったのだろうか。 その後、症状の説明、今までの手術成績、検査入院のこと(検査項目、検査期間など)、 末期になるほど手術成績が悪くなるなどの手術時期のこと、手術費用のことなどを部長ならびに コーディネーターから聞く。とにかく聞くこと全てが初めて。 面談の終了時には、9月28日から一週間の検査入院を決め、手術は今年中とのスケジュールが ほぼ自分の頭のなかにはできていた。もっとも手術の日にちは、検査終了後に正式決定。 後は時間との勝負か。残された時間は、5月に「×年」なら、10月では「×年」。 手術は末期になるほど成績が悪くなるという。来年バチスタ手術とはいっていられないのか。 年内、すぐにでも手術をした方が良いのではないか。などが頭をよぎっていく。 後日妻から聞いたのだが、 妻はすでに前医からもう長くはないということを聞いていた。 そしてアルバイトでやっている週一回の新聞配達の途中、一人涙したことがたびたびあったという。 金木犀の花が咲く頃だったという。
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