ハート バチスタ手術体験記   掲示板−32
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投稿日付: 2001年 05月 23日 00:55
名  前: 佐藤 伸夫
e-mail : nobu521@iris.ocn.ne.jp
タイトル: 障害者の雇用の壁

今回、2回目の投書です。36歳で「拡張型心筋症」となり薬物治療と食事、水分、塩分制限で 安定した状態を維持しています。今日、神奈川県障害者センターより求人情報がきましたので内容 を確認して驚いたのは、仕事は事務系の仕事です、時給750円で月収10万程度の収入です仕事 上の制限もあり事務系か軽作業しか選択枠しかないのは承知していましたが、この収入で生活しろ と言われても正直言って無理です。営業一筋できた私が高度な技術、経験ある資格がある訳でもあ りません。

私は手術、ペースメーカーを入れていません。単なる身体障害者3級です。障害基礎年金の支給対 象には該当しないそうです。障害年金支給者は仕事の収入があっても年金は継続して支給されるそ うです。現在、傷病手当金を支給してもらっていますが、わずかな収入があると全額打ち切りする との社会事務所の返事でした。保健所、福祉課に聞いても収入の補助制度は皆無です。生活保護も あるらしいが財産があれば切り崩して生活費に充てろという返事で冷たいものでした。今まで高い 保険料を払い続けてきて病気で障害者になってしまって助けを求める機関が無いのにはがっかりです。

体に負担をかけると心不全、心室頻拍の再発もあり2回3回と繰り返したくないのもありますが 何か救済制度、援助制度があってもいいのではないでしょうか。弱者は社会から切り離されてい くだけでしょうか。今後のことがすごく不安です。心臓に良くないです。

どなたかわたしのような同じ不安を感じている方やアドバイスできる方がいればお話してください。 メールでの返事お待ちしています。
よろしくお願いします。


投稿日付: 2001年 05月 22日 23:56
名  前: 佐藤 伸夫
e-mail : nobu521@iris.ocn.ne.jp
タイトル: 仕事復帰の障害

今回、この掲示板へ2回目の投書です。36歳で「拡張型心筋症」になった現在、自宅療養中で すがこれから先、まだ長い人生を生きていかねばならない状況で自立していけるのか、一番の悩み が仕事です。当然、今まで通りのような収入は見込めないのは障害者として現実を認めてはいますが、 あまりにも悲しい現実が降りかかってきた事実があります。

私は障害者3級でした、手術、ペースメーカーは今のところ予定はありません。飲薬治療と食事
水分、塩分の制限のなか安定している状態を維持していることに社会復帰する準備をして雇用先を 障害者センターなり情報があるのは大変感謝はしていますが、あまりにも賃金が少なすぎます時間 給で事務系の仕事だと750円程度が多いようです。月収10万ぐらいにしかなりません。

正直に言ってこれだけで生活できますか、心臓機能障害3級の障害基礎年金の支給は無いそうです。 手術かペースメーカーを入れた場合のみに申請出来るそうです。障害基礎年金受給者は収入が あっても年金が支給されるそうです。現在、傷病手当金を支給されていますが、先般、延べたと おりわずかな収入があると支給が打ち切りです。時給の高い仕事に就くためには専門的な高度な 技術と資格があり経験があることです。営業一筋できた私に出来ることはパソコンぐらいです 営業先のお客様などあてにできません。勉強する訓練校や技術校など現在は募集がありません。 このような状況下で将来どうなってしまうのか心配です。
こんな状況の私と同じ経験をされた方、何か参考になるような情報があればアドバイスをください。 是非、お願いします。


投稿日付: 2001年 05月 22日 21:39
名  前: ぶー
e-mail :
タイトル: はじめまして

初めまして。
検索で、ここに来ました。 
自分も、拡張型心筋症と、診断されました。37歳 男性です。
3月下旬に入院して、GW明けに退院して来ました。
拡張型心筋症と言われても、あまりピンとこなかったのですが、
ここのHPで、勉強させてもらいます。


投稿日付: 2001年 05月 20日 00:20
名  前: 佐藤 伸夫
e-mail : nobu521@iris.ocn.ne.jp
タイトル: 発病から現在の状況

2月末に2度目の退院をして月1度の診察と服薬治療をしています。心不全で入院して水分、 カロリー、塩分制限で25kg、痩せました。その時は心不全だけだと思っていたら、主治医 から心臓が肥大していますので詳しい検査をする必要がありますと告げられました。それから 夜中に主治医が来て拡張型心筋症の疑いがあると言われ初めて知った病名でした。ただ、 ウィルスでの心筋炎の可能性もあるのでとも付け加えで説明がありました。心電図からカテーテル まで全ての検査を実施して結論は拡張型心筋症ですと下されました。

続きがあり、この病気は難病指定で予後の状態が悪くなるのですと言われた時は頭の中が真っ白 状態でした。心室頻拍もあり、胸の圧迫感、だるい、疲れるなど不安だらけ一杯でした。その時 の収縮率は17%、その後30%に改善しています。今は自宅療養中で状態は安定しています。 血圧が高いので無理せず規則通りの生活をしています。だけど早く仕事をしたいな、しかし、 前職は退職で事務の仕事を身に付けます


投稿日付: 2001年 05月 18日 15:41
名  前: 横浜のおかあさん
e-mail :
タイトル:

息子(7歳)が、病気になってしまいました。色々な情報を集めています。皆さま、よろしくお願い します。


投稿日付: 2001年 05月 11日 07:56
名  前: けっちゃん
e-mail :
タイトル: 心臓カテーテル検査をした日

5月11日。本日は私が3年前に心臓カテーテル検査をした日。

 今回はその詳しい体験談を書いてみました。記憶が曖昧な部分があるので多少内容が間違って いるかもしれませんが、そのへんは勘弁して下さい。また、以前投稿した内容と多少重なる部分 もあります。

 担当看護婦さんからは5日ほど前から心臓カテーテル検査の説明書(写真入り)を見せられて いました。そこには、検査後は6時間の絶対安静の事が書かれていました。

 検査の2、3日程前、T先生が病室にやって来てベッドのカーテンを閉めました。カテーテル 検査の下準備とのことでした。ベッドに仰向けになり、男性のシンボルギリギリまでズボンを下 げました。男性の先生とはいえ、アンダー・ヘアーまで見られるのは少し恥ずかしいものです。 T先生は右側の脚の付け根(股関節の少し左下あたり)を手で押しながらなにやら確認していま した。メモ帳には「+」とか「−」とか書いていた気がします。この時、検査では2つ穴を開け ることを聞きました。「+」とか「−」は動脈、静脈を意味しているのでしょうか。私の場合、 左心室内に1円玉程度の血栓があったので、検査方法の手順として直接左心房や左心室にカテー テルを入れてはいけないのだそうです。カテーテルが血栓に当たり、剥がれてしまう可能性があ るからです。勿論、バイオプシーは実施しない事になっていました。私は「生検は右心室でもい いのではないでしょうか?」と尋ねた事がありましたが、「肺梗塞を引き起こす可能性があるの で駄目です」とのことでした。

 検査の前日に新人看護婦さんがアンダー・ヘアーの剃れ具合を確認したいと言ってカーテンを 閉めました。私は「全部見せるの?」と尋ねると「はい」と返事が来たのでパンツを全部下げました。 「裏側まで剃って下さい」と言われていたので裏側も見せました。大変恥ずかしかったです。 その後、看護婦さんは両足の甲に脈を測れる部分を探し、十円玉程度の円をマジックで書きました。 不整脈がすごかった事と脈が弱かった為に、かなり苦労して探しているみたいでした (20分くらい)。後に分かったことですが、これは、検査後に血流が足まで届いているか確認 する為のものでした。

 いよいよ検査の日。午前中の検査では2人実施する事になっており、最初は私の予定でしたが、 何故か2番目となってしまいました。9時開始の予定が11時頃になりました。検査が近くなる と真っ裸に検査着を着てベッドに仰向けになり、左の足首から静脈の点滴を刺されました。現在 では足の血管は浮き出ていますが、当時は浮腫んでいたので、全く血管なんて見えず、かなり苦 労をしていました。最初は新人看護婦さんだけが格闘していましたが、無理と判断したのか担当 看護婦さんを呼んできて2人掛かりで作業をする事になりました。お湯に足を付けたりしてよう やく担当看護婦さんが針を刺す事が出来ました。「本当に静脈に刺すことができたのかな?」と 少し不安に思いました。また、点滴の量を見て「水分の摂りすぎでは?」とも思いました。

 先に検査された方が終わったので、私は自分で搬送用ベッドに移りました。しばらくすると担 当看護婦さんが搬送用ベッドを押してカテーテル検査室に連れていってくれました。検査室の中 は白と薄いピンク色を基調とし、天井しか見えませんでしたが、何故か天井は白と薄いピンク色 の円形の縞模様になっていました。心をなごます為の工夫でしょうか。「エンタープライズ 1701Dの中にいるみたいだ」と思いました。

 搬送用ベッドから検査台に4人くらいで移された後、直ぐに検査着を脱がされました。真っ裸 です。それもつかの間、陰部に広範囲にわたって消毒液を塗られた後、少し硬い大きな座布団の 様な物で陰部は隠されました。また胸には心電図の電極が幾つか付けられ、鼻には酸素(ただの 空気?)を供給する為の管が付けられました。両手は頭の方向に伸ばしていた記憶があります。 左側からは大きなカメラのアームがのびていて、お腹の上にはこれまた大きなカメラがありました。 リアルタイムでその画像が見えるモニターも左側ありました。足元には心電図モニターがあった 気がします。右側は暗い部屋がありました。コントロール室なのでしょうか。その部屋の中に現 在お世話になっている主治医がいました。検査室には検査担当の看護婦さん1人を含め5、6名 が居たように思います。

 検査が開始となりました。検査台とカメラの両方動いていたみたいですが、カメラの位置を調 節している時に体に当たりそうになったので「カメラが当たりそうなんですけど・・」と言った ところ、直ぐに気付いてくれました。カテーテルを挿入し、心臓まで持って行くのはT先生でし たが、その後ろでベテランの医師がサポートしている様でした。カテーテル挿入口の決定には苦 労している様でした。多分、これも浮腫んでいたからでしょう。

 局部麻酔を数箇所打ちメスか何かで穴を開けたあと(?)、「これから、管を入れます。少し 気持ちが悪くなるかもしれませんが心配ありませんから」と言われカテーテルが挿入されました。 確かに血圧が変動する為か気持ち悪くなりましたが、2、3秒でおさまりました。カテーテルを 抜く時も気持ち悪くなった気がします。検査台やカメラが左右、前後に動きながらカテーテルが 心臓に向かって行きました。その光景をちらっとモニターで見ましたが、カテーテルが這い回って いると考えたらぞっとするものがあり、その後は見ませんでした。暫くすると右の鎖骨の辺りで 「コツコツ」と音がしたので、血管に穴があいては危ないと思い、音がする旨を伝えたところ気 付いてくれ、それ以降は音がしなくなりました。血管に神経が無くて良かったです。

 30〜40分経った頃でしょうか、心臓までカテーテルが届いたようで造影剤を注入する事に なりました。「体が熱くなりますが何かありましたら言って下さい」そんな様な事を言われました。 造影剤を注入すると一瞬にして体全体が熱くなりましたが、アレルギー反応は起こりませんでした。 造影剤の注入は2回実施されました。1つは動脈から冠状動脈を造影する為のもので、もう一つ は静脈から右心房→右心室→肺→左心房→左心室と経由させて間接的に左心室の壁運動や駆出率 を測定する為のものでした。造影剤を注入する時は息を吸ったり、吐いたりしながら、息を止め て注入するのですが、T先生も一生懸命(夢中になって)やっていたのか、息をしても良い指示 を出すのを忘れていたみたいです。私が息を止めながらその事を伝えました。2回心臓までカテ ーテルを持って行きましたので検査には1時間半くらいかかったでしょうか。無事に終わりました。

 搬送用ベッドに移され検査室を出ると、止血をされながらT字帯をパンツの替りに付け、寝間 着(和式)を着させて頂きました。「知識と経験と技術が無いととても出来ない検査ですね。感 動しました」私はそんな意味の事を言いました。T先生は謙遜しているのか「この検査を発明し た人は本当に偉いと思います。将来的にはカテーテルを入れなくても検査する方法が出てくると 思います」と言いました。止血で力を入れ疲れているのか何時もの明るい先生ではなく口数が少 なかったのが印象的でした。別の医師が何人か「止血をかわろうか?」と言いましたがT先生は 「大丈夫です」と言って1時間くらい力を込めて止血してくれました。別の医師との会話から察 すると心臓カテーテル検査は1ヵ月ぶりとのことでした。

 病室に戻り、搬送用ベッドから4、5人で仰向けにベッドに移されました。この時、点滴も交 換された記憶があります。これからは、6時間絶対安静の我慢をしなくてはなりませんでした。 最初の2時間はベッドは平らなままで絶対に自分の意志で腰を動かしては駄目でした。ストロー で水をたくさん飲むように指示されていましたので、700mlくらいは飲んだと思います。多分、 点滴に利尿薬が入っているのでどうしてもおしっこがしたくなります。私は1人で尿瓶に取れると、 たかをくくっていましたが、腕が短く胴が長いのでどうしてもT字帯から男性のシンボルを出す ことが出来ませんでした(腰が動いてしまうと思い恐かった)。私は小学生の高学年から母親に は下半身を見せた事がありませんでしたが、この時ばかりはどうしようもないので手伝ってもら いました。

 2時間経つとベッドの頭の方を30度ほど傾かせることができました。この時間帯は看護婦さ んに頼めば腰の位置を変更したり、体を横にしたりできます。でも自分では腰を動かしてはなり ません。この時、朝食と昼食が合体した食事をしました。御飯は食べやすいようにオニギリだっ た記憶があります。

 4時間経つとベッドは60〜80度くらいまで傾かすことができます。比較的気が楽になります。
 6時間経ち医師の許可を受けた後は腰を自由に動かすことが出来ました。ベッドから足を投げ 出して腰掛けても大丈夫でした。でもベッドから降りては駄目でした(立っては駄目)。

 夜の8時頃、T先生がやって来てこんな事を言いました。「○○さん・・・心筋症ですね・・・ 障害者になったつもりで生活した方がいいかもしれません・・・」何か大変言い辛そうでした。 「障害者の申請をした方が良いのですか?」と尋ねたところ、「そうですね・・・申請をした方 が良いと思います。心臓カテーテル検査も1年に1回しなくてはならないと思います・・・」そ んな事を言いました。先生がカーテンを開け病室を出ていった後、母親にその事を報告したところ、 とても悲しそうな目をしていました。私は事の深刻性を把握していませんでしたが・・・

 翌朝、別の医師の許可を得てようやくベッドから降り歩く事が出来ました。止血した部分は 5〜7cmくらいの楕円形のアザになっていました。T先生。本当に有り難うございました。

 後の定期検診でわかりましたが心臓カテーテル検査は1年に1回でなくても良いとのことでした。 今度、カテーテルを入れるのは再び入院した時だそうです。


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