
暮れから新年松の内にかけて、今年は毛糸との戦いを繰り広げることになりました。
事の発端は去年の11月のキョウコさんとのお喋りからで、家を片づけ始めた彼女が、持て余している毛糸を「引き取ってくれな〜い?」と遠慮がちに言ったことからでした。
もともとが貧乏性の私は、常になにか手を動かしていないと、退屈で死にかけるのです。
そういえばもう5年以上前に、ネパールの子どもたちに100枚以上の山のようなクッションカバーを作って持って行ってから、しばらく遠ざかっていた毛糸との付き合いです。
体のどこかで、身中の虫がうごめきました。そうなるともうまっしぐらです。
頂いた毛糸の山はほとんどが半端もので、なかには編みかけて挫折した編み棒つきのものまであり、何分の一かは、よくもまあ!と呟いてしまうほどにごちゃごちゃに絡まっています。
(キョウコさんの名誉のために言い添えると、これらはやはり毛糸好きな彼女のところに、巡り巡ってやって来たもののようです)。
そうなると私の性格は温度が急上昇し、めらめらと燃えあがるのです。
紅白歌合戦も、ウイーンニューイヤーコンサートも、箱根駅伝も、全部毛糸たちに付き合わせました。
編み物が好きといっても、もう手の込んだややこしいものはする気がありません。そこで思いつくのは、定番の膝かけ。
半端な毛糸をあれこれとやり繰りして色合わせをしながら、今年のお正月は心ゆくまで楽しんでしまいました。
一枚目の完成は成人の日の夜中でした。なんだかひと段階えらくなったような……。
翌朝出来あがったすこし大きめの膝かけを肩からは羽織ってみましたら、朝の光にピンクの縁取りが光って、たったこれだけのことが、その朝を幸せにしてくれるようです。
ちょうどその日はデイホームに行く日だったので、誰かに自慢したくなって、大きな紙袋に詰め込みました。
心やさしい皆様から賛辞をいただいて、もう嬉しくって!
何日もなんにちも毛糸と戯れているうちに、最近減少していた体脂肪が再びひそかに忍び寄ってきたようです。
この歳になると、一旦増えてしまった脂肪を取り除くのは不可能に近く、でもそこで諦めてしまったら女を止める……いえいえ、もはや長い人生のうちでもっとも過酷な、人間としてあることを諦めるしかない時に差しかかっています。
そこで、プール通いを止めてしまった時に固く決意したはずの、地面歩きを再開することにしました。
さしあたって、電車には乗らない家の周り、歩数にしたら2000歩ぐらい離れている目黒通りまでの距離、これはバスの停留所にしたら3個所ぶんです。
朝の10時前、街を通り抜けるとそこここから甘い香りが漂ってきました。
いたるところに点在しているケーキ屋さんの仕込みの時間のようです。
開店がほとんど11時なので、10時前といえば、街はまだ寝ぼけ眼のようですけれど、日中は全く気がつかないブティックの窓を、若い女性の店員さんが背伸びをしてせっせと磨いている光景はいいものです。
買うならこういうお店で、と思ってしまいます。
知り尽くした道を避けて、通り抜けられるかしら、とちょっぴり気が引けながら小さな路地を入って行ったら、庭で花の水やりをしている奥さんを見かけました。
〈あら?この方はここに住んでいらしたのだわ〉、小柄できれいにカットされた白髪のこの方は、駅のロータリーで開かれる夏の盆踊りで、一心不乱に踊っていた方です。
不況のあおりでしょうか、しばらく見ないうちに代替わりしているお店もちらほら見かけられますけれど、一番気になるのは、住宅地で瀟洒な家が跡形もなくなって、更地になっていることです。更地ならまだしも、草ぼうぼうになっていたりすると、このお宅の歴史まで消え去ってしまったのかしらと、次の代には後継ぎの居なくなるわが家のことも重ね合わせてしまい、ちょっぴり気にかかります。
思いにふけりながら歩いた最終地点は私にとって最大の関門です。
目黒通りの角のスーパーで、このうえなく美味しいおまんじゅうを見つけてしまったのです。
テレビでやっている「飲む、飲まない、飲む、飲まない……」で最後は飲むという薬のコマーシャルをまねたわけではないけれど、「買う、買わない、買う、買わない………」そしてついに買ってしまい、今日も激烈な、食欲と体脂肪との戦いに白旗を上げてしまうのです。

このところずっと、富士山に片思いです。お互いの都合の合う木曜日に、茅ヶ崎のともさんのところに行くことにしたのも、今日こそは綺麗な山に出会えると思ったからなのに、東横線の中から霞みながらも姿を見せてくれていた山は、東海道線で湘南を走り抜ける頃には、すっぽりと雲の中に隠れてしまいました。
話に聞いている最高のスポットである、海岸沿いの国道の歩道橋を、バスの中から恨めしく眺めながら、去年から今までたったの1回も思いを果たせずにいます。
いつかいつかと思いながら季節が春の気配を漂わせるころになると、山はもはや霞に包まれて姿を隠し、その光景に出合う度に何故か一流の花魁の姿が目に浮かぶのは、江戸ものの読み過ぎでしょうか。
今回は思い立って、帰り道に2駅手前の藤沢で途中下車。
電話で呼び出した迎えの兄の車に乗って、久しぶりに兄の家に寄ってきました。
ひとつ違いの兄とは、若いころあまり近しくなかったような気がします。むしろ6歳離れた弟のほうが近い存在だったのは、兄が早々と結婚して家を出たからかもしれません。
でもとても頼りになる長兄は嬉しい存在です。
上と下を男兄弟に囲まれた私は、その2人によってぬくぬくと自分の座を暖めることができて、ほんとにシアワセです。
お天気がよければ兄の家からも最高の富士山を見ることが出来るのにと、兄夫婦との楽しい時間を過ごしながらも、今回はちょっぴり思いを残して帰りました。
この日は一日中楽しかったせいか、なんとなくぼうっとしていて、横浜駅で改札を出たら、そこは京浜急行のブースの中でした。
そういえばこの沿線の大学病院に夫が入院していて、病室から富士山が見えたっけ、と想いにふけりながら、無意識のうちに階段をあがり、気がついたら京急のホームでした。
折よく入って来た特急電車に迷わず乗り込んだ時はもはや夕暮れで、街のネオンの中をあっという間に走り抜けて、思うことの多い病院の、明るいライトに映える看板を懐かしく見て、品川から山手線で帰還。ちょっとした旅を楽しみました。

今日はどこにも出掛ける予定がないので、年末からとても気になっていたパントリーの大掃除をやりました。
前回やってからそう日が経っていないと思ったのに、段ボール、空箱、そして賞味期限のとっくに切れた食材、お茶……。
物事を突発的に思いついてやる私のこと、片端から要らないものを見つけて放り出し、あっという間に出口がふさがれてしまい、電話のベルに慌てて飛び出そうと思ったのに、段ボールの山に足をとられて、滑って転んでもがいているうちに電話は切れてしまいました。
その後掛かってこないところをみると、最近頻繁にくるお墓か健康食品の宣伝だったのかしら。
ほのかに香る元を手繰って、2週間も前に切り取った柚子を探し出しました。10粒ほどのちいさな、小さなその実は、少々萎びかけていましたけれど、〈お願いだから捨てないで!〉と訴えかけているようです。
私だってあなたたちを無下にはしないわよ、はじめて成った実ですものね。……それにしては忘れて放り出しておいたことに少々後ろめたさを覚えます。
そこで仕事を中断して実を刻み、水に放しました。
出た種はより分けて日本酒に漬けこみグリセリンをたらして、これはハンドクリームの代わりにします。
そして出来たジャムで、当分のあいだ朝食が楽しめそうです。
なんと収穫の多い一日だったのかしら!出てきた食材は、当分の間の食費の足しになりそうだし、整然と片付いた2坪ほどのスペースにほれぼれと見入って自己満足に浸っています。

働いたご褒美を神様がくださったのかしら、
この日は、会いたかったネパールのバルワ夫人から、懐かしいお便りが届きました。
2月の再会が楽しみです。
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