1〜2日
久しぶりでトドの会の一泊旅行の日。
行く先はこれまた、何ということない箱根だけれど、改めて考えてみると、もう何年も泊まったことがない。
ついこの間、湯河原の保養所に滞在中、2時間ばかりで芦ノ湖一周というドライブに連れて行ってもらったときも、なんだかわくわくしたけれど、今回も小学生の遠足気分。
ずっと憧れていながら乗る機会がなかなか巡ってこない小田急のロマンスカーは、今回も残念ながら、午前中にデイホームに行く日だったので、諦める。
新宿から直行するアヤコさんとミチコさんとは箱根で落ち合うことに約束が纏まって、ヨコハマから私に付き合って呉れるハルコさんとの二人旅となる。
先月末にハルコさんから電話で、「ねえ、新幹線でいかない?」との提案だったけれど、正直言って新幹線でいくという考えは全くなかった。
あの、とことこと、時々富士山を垣間見ながら走る普通の東海道線が私は大好き。
でも現地で待っていてくださる新宿組を待たせるのは心苦しい。
相談が纏まって、新横浜の駅でハルコさんと待ち合わせた。
最近は品川を利用することが多く、リニューアルした新横浜は全く不案内で、待ち合わせ場所がどこだか解らず太い柱の陰でしばらく立っていたけれど、ひょっとして向こうの改札口?と思って動き出したら、柱のウラ側に立っているハルコさんとばったり。ここで早くもおのぼりさん気分を味わった。
最近の新幹線は、「のぞみ」と「ひかり」が多くて、「こだま」なんて怠け者は数が少なくなったらしい。
20分の待ち時間に、通り過ぎる「のぞみ」の疾風に耐えながら、売店で買ったサンドイッチと缶コーヒーのお昼をホームのベンチで食べ、来た列車の自由席に座って、ほっとしたと思ったら、もう小田原に着いた。
今回のお宿はアヤコさんがとって下さったS区の保養所だけれど、この間苦い経験をした厚労省管轄の保養所の雰囲気とはがらりと違う、サービス精神満点の、いうことなしだった。
食べきれない程の山海のご馳走と、申し分ない温泉で、身も心もリフレッシュ(一年中気ままな生活で、リフレッシュなんておこがましいという後ろめたさはあるけれど)して、湯本の平賀敬美術館でもてなされた美味しいおまんじゅうを律儀に買って、翌日の夜は、また怠惰な生活に戻った。
今年もあと余すところ2カ月!うかうかしてはいられない(何が?)。
5日
この1カ月、わが家は散らかり放題状態で、それが何故かというと、かご作り病にとりつかれてしまっているからなのだ。
そもそもは、デイホームに行くと一部の人がせっせと広告の紙で籠作りをしていて、出来たものをいただいた時からいつか教えてもらおうと思いつつ日が過ぎて、ある日、辞めたスタッフのトモコさんに教えを乞うたのが始まりで、それ以来リビングのテーブルは、紙が散乱して、手がつけられない。
段々と腕が上がってくると、広告や、新聞紙では飽き足らなくなって、綺麗な包装紙をみると、むらむらと心が動いて、パーツ作りに余念がない。ついには、沈丁花が楮(こうぞ)代わりのエスニックなネパール紙を、コンビニでカラーコピーしたパーツ500個余りで作った、お菓子の籠にまで域が到達(表紙の柿が入った写真)。
この病は当分続いて、きっと冬の夜の、夜なべ仕事になることだろう。生産的だけれど、私の生活は全く収入に繋がらないのが、欠点。
〜♪ かあさんが〜よなべ〜して なべしきあん〜だ〜〜〜♪〜
10日
午前中に出て銀座へ11時に行った。行く先はメルサの7階。
今日は草乃しずかさんの門下生の展覧会で、これに鎌倉のカズコさんが出品しているのを見に行くのだ。
いつもながらこの展覧会には気持ちを奪われる。この会場に入った途端に、出品者の溢れる思いがBGMのモーツアルトの管楽器のながれにもつれながら漂ってきて、なんともいえない心地よさに浸ってしまうのだ。
カズコさんの今回の作品は、渋いベージュの地に渋い糸で葉を添わせた帯と、白い額に収められた色鮮やかな紫の蝶。
前者は「パリの椿姫」後者は「マダムバタフライ」をテーマにしたものだった。
いまさらながらに彼女のセンスの良さに驚嘆する。
今日は忙しいダブルヘッダーの日で、それでも7丁目まで歩いてお寿司を食べ、鎌倉に帰るカズコさんと新橋で別れて私は地下鉄で渋谷へ。3時に約束したツルコの家に行く。
今日は熊本からスミコさんがクラス会で来るというので、お相伴に誘って頂いた。
最近NHKで出されたイタリアオペラ日本初公演の「パリアッチ」の黒白ビデオを見るのが今夜の目的。
イタリアオペラ合唱団という即席の編成でスミコさんが出ているのだけれど、幾ら探しても見つからない。
彼女は後ろのほうでさぼっていたということになった。
大井町のホテルに帰るというスミコさんと自由が丘まで一緒に帰った。
「もういい加減にこっちに帰っていらっしゃいよ」、と言ったけれど、彼女はどうやら、ご主人共々熊本に撃沈するつもりらしい。
朝から夜まで、旧友とのお喋りに花が咲いていい日。
15日
やっと時間が出来て美容院に行く。この美容院に通い始めて1年が経過したけれど、どうしても馴染めない。
紹介されて行った、一人で経営しているとてもこじんまりと綺麗な部屋なのだけれど、ここの先生は少々個性が強い。
一対一なのでどうしても会話が必要になる。もともとお喋りな私だから、黙っているよりは喋っているほうが気楽なのだけれど、何かいうと必ず言葉を返す人なのだ。
何気なく行った言葉に、「いえ、それは違います」と言われると次に何を言っていいか解らず、途方に暮れてしまう。
ちなみに私が行くのはヘナをやっているから、というだけの理由なのだけれど、どっかにいい処ないかなあ。
22日
いつもだったらお昼ご飯を食べてのんびりと出掛けるのだけれど、今日は遅めの朝ご飯を終えて、そそくさとデイホームに行く支度にとりかかる。
一分の余裕もないスケジュールで、12時半には横浜馬車道の十番館に行かなければならない。
今日は高校の「怡行会」の日。
怡行会という名前は、恩師がつけられたもので、「怡(い)」という字は楽しむという意味があるらしいけれど、お店のエレベーターの前に立っていたお嬢さんは当然ながら読めない。
字を指さして、これですよね、というので、私たちもそう、これです、これです。という。
今年の幹事さんの「きたどん」は物静かな中に情熱…があるのかどうか知らないけれど、黙々として会を進行させる。
欠席の人の葉書を一枚ずつ配って、自分の近況報告と欠席の人の葉書を読め、という。
次々と立って喋り出すと、皆申し合わせたように、どこか体の不具合がある話。そして、読み上げる欠席者の葉書も当然のことのように、体調不良が欠席の理由。聞いているうちに段々腹が立ってきた。
みんな普段なにもやってないのかしら?
「おまめ」が孫の世話に明け暮れていまして、とスピーチしたら、隣の「くま」が今迄感心に孫の自慢をするのが居ないと思ったら、やっぱり居たわ、とのたまう。彼女も私も孫が居ない。同調したら同じレベルになると思って「ふ、ふ」とだけ言っておいた。
ひねくれ者の私は、だから、「歳並みにどっかがおかしいけれど、それについては言いません、今日はデイホームで1時間歌って、弾いて、駅まで走ってやっと間に合いました」、と我ながら可愛くない。
それでも皆と会うのは最高に楽しい時間だった。
24日
またもクラス会。今日は小学校のクラス会で、これは1学年40人で男女共学なので、文句なしにウキウキと楽しい。10分前に会場に着いたら、もう最後から2番目だった。歳を取ると皆せっかち。
今回の男女5人ずつという数も纏まりがいい。もともと女と認めてもらっていないので、当然のように私の席は男どもと一緒だった。ここではどこかが具合悪いという話が出ないのがいい。
今週は「馬車道・十番館」と「高島屋・なだ万」のおかげで栄養満点。
それにしても男どもがお酒が弱くなったのが気になった。
ふたつのクラス会での共通の話題は、私たちがあと1年で80歳だなんて、「あなおそろしや、恥ずかしい」だった。
30日
今日は第5水曜日で、第4が勤労感謝の日だったので、振替で「 Tea For Three 」 のコーラスの日。
手探りで始めた第4週の集まりだけれど、まだ先が見えない。
新しいメンバーでと思ったけれど、新しく来る方がのぞき気分らしく、定着の兆しがみえない。
結局はユトリーバのメンバーが多く、それならばもともとのユトリーバを月2回ということにすればよかったのにと、今更ながらに、見通しの悪さに我ながら忸怩たる思いでいる。
一計を案じて、1月にデイホームでデモンストレーションをすることにした。要するになにか目先の目的が必要なのだ。
今日はそのために選んだポピュラーな曲ばかりやったので、新しい人にはよかったけれど、今練習中のイタリアものをやって、という希望もでる。でも時間切れ…というより歌いすぎて喉がからから状態。
あちら立てればこちら立てず……なかなか八方美人になれないでいる。
残られた4人と暗くなるまで馬鹿話に興じた。これ最高の時間。
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