1 週目


 毎年のことだけれど、元日は子どもたちがやってきて、お昼にお雑煮を祝う。
 隣に住んでいる彼ら、彼女らは、当然のことのように、一式がテーブルに並んだころに、匂いをかぎ付けたように皆集まってくる。
 つい数時間前に、皆が食べ散らかしたすき焼きの残骸を片付け終わったというのに……。
これが私のここ10年来の年越しなのだ。
 でもしみじみと考える。
私になにもかも任されたお正月ができることは、なんて幸せ!
 波乱にみち溢れた去年が過ぎていき、今年こそは穏やかでいい年にしたい、とぬくぬくと暖かいリビングの陽差しの中にいられる幸せを改めてかみしめている。


 毎年一月の二日、三日は箱根駅伝にくぎ付けとなる。だからこの二日間は家から一歩も出ない。
 おなじみになった東洋大学の柏原君が今年も山道で大健闘。なんて可愛いの?とひたむきに走る彼らを抱きしめてあげたい気分になる。
 あら?わたしって変態? でも、誰が何と言おうと、若い男の子が大好きなんだ。
 彼らのお陰で、二日間で私の細胞もぐんと若返った気分。うん、よしよし、これなら今年も頑張れそうだな、と偉大な錯覚に陥るのだ。
 暮れから三が日、座り込んでテレビばかり見ていたので、体重が1キロ増えてしまった。


 新年早々今年一年分くらいの厄を落としている。
 まず、一週間程前に、熱いお茶を飲んで、口の中を火傷した。これは昨日あたりから沁みなくなって、解消したけれど、次は熱湯で入れたお茶が手から滑って、太ももに直撃。
慌ててズボンを脱いだ時は、もう水ぶくれの兆しが見えて、絶望的展開となる。
 10年以上も前から使いかけのまま引き出しに放り込んであった火傷の妙薬をべたべたと厚塗り、お相撲さんの使うような 10p 角のバンドエイドをしっかりと装着。3日間はお風呂に入れず、これも昨日やっと落ち着いた。
 
 ……そして、極め付きは、数日前の明け方4時、寒さで目が覚めた。
気がつけば体じゅうびっしょりで、巨大おねしょ状態。その原因は湯たんぽの破裂だった。
 ネパール製のその一件は、水枕状のゴム製で、柔らかい肌触りがこの上なく気持ちが良く、数年前から愛用していたのだけれど、熱いお湯を入れ過ぎたのが原因で、ピンホールが開いてしまったのだった。
 よくよく見れば口金の近くに、小さな字で「DO NOT USE BOILING WATER] と書いてある。
 暁暗の中でまずびしょぬれのパジャマを取り換え、さて、と考えた。まだまだ眠い。
 昨夜は2時まで起きていたのだった。
 でも寝るわけにもいかず、床に座り込んで考えた。夜明けを待ってこの濡れた一式を乾さなければ、明日から寝ることも出来ない。でもこのびしょぬれの布団や毛布を干したら、お隣さんは何と思うかしら?
 …(あらまあ、あの奥さんたら……)
さて、どうしたものか、そうだ!布団乾燥機が有った。結局、乾いたのはこの、息子が買ってきてくれたのに、使いもしないで何年も放ってあった乾燥機を思い出して、3時間つけっぱなしにしたお陰だった。



                    

 2 週目

 小学校の友達の女子会をやる。去年の11月のクラス会の折に、近いうちにオンナだけで集まりましょうよ、それならうちに来ない?と誘った約束を実現したのだ。
 最近は特に我ながら無精者で、鵜匠のようにお友達を手繰り寄せて、私は普段着でいるのだ。

 私の友人関係はあやとりのように絡み合っている。だから、今日も「MMKK」のミワコさんが「華の会」のメンバーのうち。
 お寿司の出前で手は掛けない。今日のメンバーは、ミワコさん、チエちゃん(横浜)、ジュンコちゃん(鵠沼)、と皆様時間をかけてきてくださり、しかも手作りのものを持ってきてくださるので、私は大助かりで大歓迎。
 なんたって子供時代からのお付き合いなので、飾らないお喋りを堪能した。
 今月は考えたら、千客万来の月になりそう。嬉しくて、一人で小躍りしている。
 兎に角元気で居なければ、自立しなければ、とそれのみ思う。そのためにはあらゆる手段も辞さないという感じ。

 しばらく気にしていなかった「新しい日本語」がまた気になりだした。デイホームでのこと、当番のスタッフのA君が終わりに「それでは歌集のほう、職員のほうが集めます」。どうして「歌集を職員があつめます」、とストレートに言わないのかしら?
「あつっ」「ひろっ」「せまっ」といつのまにか「い」がなくなってしまい、最近どういうわけかアスリートさんたちがマイクを向けられ、質問に答える時のあたまに、申し合わせたように、「そうですね」。
 まあ、素人政治家さんたちの失言に比べたら、目くじらを立てるほどのことはない、と思いながら、とっても気になってしまうおばはんなのだ。
 外人さんが日本語の美しさを言う時に、もったいない!折角歴史に築かれたこの美しい言葉を大事にすれ良いのに……、と一人で嘆いている。ちなみに、NHKのBSでやっている「猫のしっぽ…」の番組で、イギリス人のベネシアさんのちょっとイントネーションの違う音楽的な日本語の美しさに聴き惚れている。
 余談ながら、2月の予定のうち2回お休みさせて、とデイホームで言ったら、
「その前の週の金、土あたりに来てください?皆様が楽しみにしているので」、と言われた。
 手帳を繰ったら、その日は何も予定は入っていない。
 ボランティアは自分のために行っているのだから、ま、いいか、時間を作ろうと思い、「いいわよ」と言ったら彼、
「それではお言葉に甘えて」
 思わず「そっちから言ったことでしょ?」
この使い方、ちょっと違うんじゃないのかなあ。
 こんな些細なことでも、ストレスのもとになる。


 終末になって2週間遅れの初雪が降った。
 朝、起きぬけに新聞の番組欄を見たら、「東京に大雪」と出ている。でも全く積もらず、お昼頃には雨に変わった。
 天気予報は当たらないのが当たり前と思っている人も多いのではないかしら?
 憶測を断定にすり替えるのはある意味詐欺?すべって転んだら元も子もなくなるから、今日は一歩も外に出ないと予定を立てていた。
 お陰で昨日買ってきた毛糸でたっぷりと編み物を楽しんだ。


 編んでいて足りなくなった毛糸を補充しに蒲田の“ゆざわや”にいった帰り、多摩川線の電車の中に傘を忘れた。
 しかもお初におろしたピカピカの新品。最近眼鏡の度が合わなくなったため、読みかけて放って置いた本を久々に持って出て、読むのに夢中になっていて、横の手すりに掛けて置いてそのまま降りて行ってしまったのだ。
 地階のホームから2階の東横線の乗り換えホームに上がったところではっと気がついた。
 一瞬迷ったのは、私ってこういう時にすぐ諦めてしまう悪い癖のため。でもあの黒地に茶色と白の可愛い椿が散らしている新品はどうしても取り戻したかった。
 もう一度地階に降りて、停まっていた蒲田行きの電車の座っていた場所を見たけれど見当たらない。
 どうやら私の乗って来た車両は、もう蒲田を目指して発車したあとのようだった。
 諦めのいい私だけれど、今日ばかりは諦められず、連絡の悪い駅構内を上がったり降りたりして、事務所に辿り着いた。
 退屈そうにしていた駅員さんは、用事が出来たのを喜ぶように、親切に応対してくれて、間もなく蒲田駅に到着した電車から、私の可愛いこちゃんを探し出してくれた。連絡の来るまでのひとときに、ひっきりなしに忘れ物の問い合わせがやってくる。ちょっとびっくりしたのは、手袋片方忘れた、なんて手合いがくるのだ。
 顔を見れば、若い大学生風。
 こういう人はきっとお金を溜めるのだろうな。
 結局蒲田の駅までもう一度電車に乗って、傘は無事にわが家に連れ帰った。余談ながら多摩川線は、端から端まで乗っても10分ほどの至極便利な電車なのだ、改めて思い返してみると、今年傘を落としたのは2度目だったけれど、どちらも私のもとに帰って来た。
 30数日以来の雨は、物を粗末にする私に大きな反省材料をもたらしてくれたというわけ。


            
  


 4 週目

 夜になって2階に上がったら、窓の外がほんのりと白い。カーテンを開けてみたら、初めて雪が積もっていた。
 この間の初雪はおしめり程度だったけれど、今夜は久々に本格的な雪となる。
 東京はカラカラ状態だったので、記録的な豪雪に見舞われている北の方には申し訳ないけれど、降ってくれてありがとうといった気分。
 しらっ茶けていた木たちが、雨に続いてやって来た初雪で、久々に生気を取り戻した。

                       


 5 週目

 1月最後の日。朝9時半に集結したユトリーバ総勢12人は、発声練習もそこそこに、デイホームに向かった。
 久しぶりのデイホーム訪問に、皆様心なしか緊張感がある。
 これが確か4回目だったかと思うけれど、何回やってもこの緊張感はいい。
 今日はデイホームの皆様と一緒に歌うというプランを立てた。
 1時間歌い続けて、最後は炭坑節と東京音頭でなんとも賑々しい打ち上げとなる。
 ユトリーバからはアツコさんとスミチャンが踊りの輪に加わって、なんともあでやかな踊りっぷり。年季が入っていると思ったら、2人とも日本舞踊を習っていたという。
 そのまま木畑亭に回って、久しぶりの食事会を楽しんだ。メインのお魚と肉をセレクトした後は、私のこだわりの牡蠣のエスカルゴ風バター焼きを半人前ずつ、シェフのお勧めオードブル、ワイン、そしてこれまたシェフのご自慢デザート。
 代謝が衰えている年代の集まりだから、翌朝の体重計の数値は、ピンと跳ね上がること間違いなし。


 翌朝になって起きぬけにマダムから電話が掛かって来た。
何事かと思えば、昨日お魚コースを選んだ人から、「500円ずつ余計に取ってしまった」
とのことで、夕べは眠れなかったという。
 そんなこと誰もわかっていないのに……。でもどうしてもというので、夕方のお店が空いたころを見計らって頂きに行く。
 なんとも正直なご夫妻だけれど、でも、考えたら私だってこういう場合はそうするだろうと思った。
 到来物というどら焼きを、美味しい煎茶で3人で頂きながら、気がついたら外は真っ暗だった。
自家製ご自慢のビスカウトと、8人分の返金500円玉を8個預かって早足で家に帰った。
 思い返せばなんと早い一カ月!あな、おそろしや。


                      
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