ネパール人と付き合う時、まず「ビスターリ」という言葉を頭の中に叩き込んでおく必要があります。
 「ゆっくり」という意味です。これ程ネパール人にぴったりの言葉はないでしょう。

 死ぬまでにはまだ時間が有る、というのがネパール人の体に浸透した思想だと聞きました。

 ネパール観光の目玉に、ヒマラヤ遊覧飛行がありますが、この出発時間はまったくあてになりません。
 まず前日の天候が悪いと、その日のスケジュールはどんどん後倒しになり、そして雲次第で、またまたダイヤがずれ込んできます。
 朝の6時にホテルを出ても、お昼まで空港で空を見ながら待たされるなんてことはざらです。
 「何時に出ますか?」「午前中」
 そしてお昼、「何時にでますか?」「午後」
 そして再び、「何時に出ますか?」「今日は出ない、明日」なんて笑い話のようなこともあるのです。
 

     


 でも待合室で観察していると、さまざまな国民性が表れて面白いのです。
アメリカ人はそれなりに空いた時間を仲間と楽しんでいるし、ヨーロッパ人は静かに読書しているといった情景が見られます。そして、現地の人は、何時間だって、何もしないでぼんやりしていても、まったく苦痛を感じていないようです。
 
 そんな中、日本人はせかせかとそこらを歩き回り、係員に予定を聞きに行ったりしている手合いが多いのです。

 ネパール人の時間の観念については、私の行っている山の学校でも、よく、「あれ?約束したじゃないのよ〜」というようなことに出くわします。
 こちらは1年の間の、もっとも有効にネパール活動が出来る時を選んで、スケ
ジュールを組み、メール交換で相手の都合も聞いて出かけていくのですけれど、行ってみると試験中だったり、ある時などは、11時ごろになったら全校生徒が消えてしまって、「あれれ?」

 これは、近くのホテル経営者であるタイ人(だったか)のご招待で、食事に行ってしまったとか。
 先生いわく、「貴女はどうするの? 学校で待ってる? それともまた出直してくる?」
 これって、日本人の感覚では理解できないことだと思いませんか?

 私はよっぽど「じゃぁ日本に帰る」と言おうかと思いましたが、ぐっとこらえて、一旦ホテルに戻りました。
 ちなみに学校のあるナガルコットは2,100mの山の上で、ホテルは3食付きの契約になっていますから、どっちみち一旦は帰るのですけれど、その時は、お昼で山を降りようと思っていました。
 したがって予定変更、やりかけの事を完成させるために、午後もう一度出直しました。
 この時は一人で行っていてよかった、とつくづく思ったものです。

 私のように、短期間の滞在者は、どうということはありませんけれども、長い間この国にいたら、日本人も時間の観念が変わってしまうかもしれませんね。
 今度行ったときには、日本は電車が1分遅れてもアナウンスがあるという話をしてきましょう。
 でも電車なんてないネパールの国では、理解しがたいことかもしれません。
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ネパール人との付き合い方 その2

ネパールタイムの巻