

以前「M・M・Kトリオ温泉に行く」という野沢温泉の作文を書いたことがありましたけれど、その時の約束で2度目の旅を計画しました。
たった1泊でも、女は現実から離れることに、ときめきを覚えるものです。
今回も三人道中を楽しみにしていたのに、直前になって、旧家の嫁としての優等生であるまちこさんが、家の行事のために行かれなくなり、みわこ、きみこの二人は、少々気勢をそがれました。
でも、どっこい、そんなことで初志を曲げる私たちではありません。
行くもんね、絶対に行くもんね、といった感じで、二人の旅立ちとなりました。
少々早すぎるな、と思いながら、横浜駅のホームに到着すると、そこはさすがわれら同志!20分前にすでに相棒はご到着でございました。
前回、次は富士山と海の見えるところにと思っていました。でも、これは少々限定されます。西伊豆は行くのに手間がかかるし……と、なまけ坊主は思案の結果、富士山は車窓から、そして、思う存分海を満喫できて、しかも手軽に行ける東伊豆の海岸沿いを狙いました。
雑然と色気のない車窓の景色が、だんだんとやわらかく感じられるようになると、視界が広がってゆき、やがて海とのご対面です。
久々で見る車窓の春の海は、暖かい色で優しく、のたりのたりと私たちを包み込んでくれるようです。この海は、いつ見ても穏やかにどこまでも伸びて、
体にこびりついたもやもやをすっかり吸い取ってくれます。
そんな景色に見入っているうちに、スーパービュー踊り子号は、あっという間に稻取に到着しました。
温泉街とはいうものの、初めて訪れた者の意表をつくような、さびれたこの町のよさを実感するまでには、少しの時間を要しました。それほど、駅前に何もないのです。時間はたっぷりあるし、1泊の旅で荷物はほとんどないし、まだお腹はすいていないし、いきあたりばったりにぶらぶらと歩くことにしました。
ところどころに濃いピンクの桜が満開で、これが河津桜なのねと、鑑賞しながら、人気のない道を海に向かっていくあいだ、ほとんど人の姿に出会いません。信号が延々と赤でも、車はまったくと言っていいほど来ず、でも、辛抱強く青になるのを待っているのは、いささか足が疲れている証拠です。それに、こんなに空いているのでは、いつ車が突っ走ってくるかもしれず、こんなところで静岡県のニュースにはなりたくありません。
ゆったり、の〜んびり、行く先を限定せずに歩くのは、気持のよいものでした。
この旅のもう一つの大きな目的は、3月いっぱいこの町を挙げて開かれている、吊るし雛です。歩いている間に、そこここの店や民家の玄関先に見事な吊るし雛が飾ってあり、そのひとつひとつが個性豊かで、身飽きませんでした。
女の子が生まれると、その幸せな人生を祈って作られたのが、発祥の由来と説明されて、こんな愛情にはぐくまれて、この町で生まれた子は、どんなにか豊かな人生を送っていることだろうと、こちらもほのぼのとした気持ちになりました。
数か所の雛の展示場を含めて、ホテルまでの歩く道筋では、いくつかの出会いがありました。
この町の山でとれたオレンジは美味しく、それを売っているおじさんが、私と同じ町の出身と聞いて、即、買いましたし、
ふらりと入った個人の雛展示場では、そこの奥さんが、丁寧に作り方を教えてくださいました。普通は買ってほしいと思うはずなのに、誰にでも作れます、簡単ですよ、という気さくな応対に、私たちもすっかり甘えてしまいました。
そんなわけで、ホテルに着いたのは駅に降り立ってから3時間後。さすがに疲れました。
このホテルはオーシャンビューなんていうものではなく、窓の下が海!なんです。
私たちは、電車に乗っている幼稚園児のごとく、窓に張り付いて、お風呂に行くことも忘れて、飽くことなく寄せては返す波に見とれていました。
やっとのことでおみこしをあげた私たちが、お風呂で経験したのが、サービスエステ。
どうぞ、と言われても、いささか躊躇するのは、日頃のお肌の放任無教育です。とても恥ずかしがりながら始めたエステですけれど、向かい合って見ていると、みわこさんの顔がみるみる透明に変化していきます。してみると、私だって……と思うとウキウキです。
さて、夕食です。今回このホテルを選んだのは、まちこさんが金目鯛のしゃぶしゃぶを食べたいと言ったからなんです。
伊豆といえば金目。そんなわけでしゃぶしゃぶ、尾頭付きの煮付け(30センチ!)、お造り、伊勢海老の鬼がら焼きと、どう考えても2人には有り余るメタボの元を、すっかり平らげてしまいました。
寝しなに飲んだ玄米抹茶が効いて、いささか寝つきの悪い夜を、♪〜な〜みを こ〜もりの うたと〜きき〜♪
となだめながら、いつしか寝入ってしまいました。お風呂上りのマッサージもいい効果をもたらしたようです。
夕べ見えていた漁火も、すっかり姿を消したあくる朝、6時にお風呂に行くと、そこで待っていたのは、金目のお味噌汁でした。
朝ごはん前にたっぷりと満足感を味あわせてくれる心憎いサービスに、思わず、うーむ!
なんの考えもない旅っていいですよね。切符は事前に夕方の踊り子を買ってあります。
本来なら、河津桜を見に行く予定でしたけれど、残念ながらほとんど葉桜になっていると聞き、なによりも天候が思わしくないので、計画を変更。
11時の送迎バスで、駅まで送ってもらってから、さて、と考えました。
まずやったことが、帰りの踊り子のキャンセル。午後4時台のチケットを、12時45分発に変えました。これは晴れ女を自称する私たちとしては、伊豆にいる間に降られないための、自衛手段です。そうしないと、雨女のまちこさんに対して面目丸つぶれになってしまいます。もし降ったらまちこさんが、ひっ、ひっ、ひっと喜ぶにきまっています。
ふたたび、町をぶらぶらと歩き始めると、昨日気がつかなかったお店が、地味ながら結構あるんです。
まず昨日通り過ぎた「きんつば」の看板のお店。この正面には、西国から採掘し、ここから船積みして、家康が江戸に運ばせた石の残りが2個‘でん’と座り、あたりを睥睨していました。
さすが家康が看板になっている家らしく、この店の奥さんは、飾ってあるお雛様を説明して、「誰にでも作れるものではありません」、と厳然とおっしゃり、こちらは恐れ入って、〈富士は一番偉くなるように〉、〈ネズミは食べるものに困らないように〉、〈猿は厄を取り去るように〉、〈柿は病気にならないように〉、〈巾着はお金がたまるように〉……などといういわれを、奥さんがリズムに乗ってよどみなく話すのを、かしこまって聞いていましたが、帰り際に積んであるきんつばを買ったとたんに、奥さんの顔が商売に戻ったのをみて、なんだか笑えました。
このきんつばは、帰って食べたら、どうってことない代物でしたけど……。
それにしてもこの町からお雛様が消える来月は、どんなにか淋しくなることでしょうね。でも考えたら、この閑散とした雰囲気がなくなったら、町は堕落するのかもしれません。
それほど静かな町を駅に戻る道すがら、倉庫のような建物に紅白の幕が下っているのを見ました。
よく陶器市などで見かけるものです。
近づいてみると、4人の中年のご婦人たちが、綿入れを着て、コタツに入ってお雛様を作っていました。
炬燵の上に、ポットのお茶とおせんべいの袋が転がっているところを見ると、アルバイトを兼ねた井戸端会議?もちろん売り物もたくさん飾ってあります。
手に取って見ると、それぞれの個性がはっきりしています。それをいうと、よく気がついて下さいました、と嬉しそうでした。
私たちのお人形作りと同じ気持ちのようです。
見ているうちに、小さな針刺しが目につきました。
来月からはお人形作りのお仲間と、この吊るし雛に挑戦しようと思っているので、いいお土産です。
早速6個買いました。そして、バケツに入っていた花。これはこの人たちの家で作っているとか。
珍しいので2束買って、みわこさんとはんぶんこです。名前を聞いたら、小さな紙に「ゴデジャ」と書いてくれました。
手にはさっき買った鯵の干物(6枚で1000円)、花。……観光地らしくないこの町だからこそ、これで済んだというものです。
余談ながら昨日買ったものがもはや宅配便で2個、すでに我が家に向かって、ひた走っているはずです。
このちいさな旅は、充分私たちを満足させてくれました。清潔で心のこもったもてなしのホテルは、最高に居心地が良かったし、潮の音にたっぷり心を癒されたし………惜しむらくは、富士山と日の出が拗ねて顔を出さなかったこと、そして帰りの車内で、伊東から乗った人のおしゃべりに辟易したこと。これ以外は完璧でした。
次はいつ、どこに、誰と行くことになるのでしょうか。今から楽しみにしています。