
借金を返すという大義名分をたてて、マチコさんと会いました。待ち合わせ場所は新橋の角。
私は、いつもバスの中から眺めていても、もう何年も行っていないこの季節の隅田川の、船上りをしたいと思っていました。
その魂胆もあって、待ち合わせ場所は銀座界隈にしようと思っていたのですけれど、船のことをなぜか云いかねていました。
だから彼女が船に乗るのもいいわよね、と言い出したときは、嬉しくて飛び上りそうになりました。
乗り場は浜離宮の中の入船場です。そしてそこは、以前このページの「東京迷路」で、2度と行くもんか、と書いた汐留です。
船に乗るためには、この庭園に300円払って入らなければならない、という不合理はあるものの、久々に訪れたこの庭は、桜と菜の花でいっぱいでした。高層ビルを背景にした花も、乙なものです。そして外人さんが多いのにも驚きました。
もし、この人たちがセーヌ川、ドナウ川、はたまたテムズ川のほとりあたりに住む人たちだったらどうしよう!
最近はだいぶきれいになったとはいえ、船の艫から吐き出す排気ガスの臭気と、かき分ける波の色にも、まだ汚かった川の名残が感じられます。
でも、さすがに桜は見事でした。やっぱり桜はニッポンの象徴の座を守り続けているようだな、と、夢中になってシャッターを押し続けている外人さんを見ては、ニッポン人として、いささか誇らしい気がします。
1時間かけての川のぼりののち、一旦上手(かみて)の桜橋まで行ってUターン。昔子供たちが「うんこビル」といっていたビール会社の浅草の象徴的な建物が見えて、あずま橋に降り立ちました。
船着場の土手を上がった桜並木には、たくさんの屋台が出て、春らしい華やぎに満ちています。
でも私達はそこには目もくれず、ペコペコのお腹をなだめるべく向かったのが、尾張屋。
ここで天丼を食べるためです。ここの天丼は、エビがどんぶりから飛び出すほど大きいのです。
これを食べるためには、20分の待ち時間など、問題ではありません。
最近とみに食欲の減退した私ですけれど、食欲の鬼のマチコさんにつられて「特上」を頼みました。
「上」との違いは、どうやら大正海老と車海老ということのようです。
たっぷりと待たされた分、天丼は格段の美味しさでした。
お腹がいっぱいになって、当然のことながら雷門をくぐって、浅草寺詣りです。
仲見世は大好きな場所で、混雑していることもあって、右に左にと目移りして、なかなか目的地に到達しません。
マチコさんが、お団子を1本買って、串から一個分けてくれましたので、喜んで歩きながらの立ち食いです。
でもこのお団子は出来たてにしては少々硬かったようでした。
そしてお線香の煙を体の悪い所にあてるという、おなじみの場所では、見ているとお線香を買っている人はいません。
ほとんどの人が、他力本願でせっせと頭、足、そして体中を撫でまわしています。
隣にいたおばあさんと目があったら、恥ずかしそうに、お賽銭あげなきゃ御利益ないよね、というので、私も深くうなずきました。でも、私も一生懸命に頭を撫でまわします、タダで……。
流石に本堂では、ちゃんとお賽銭を上げました、百円だけど!
あまりの人出に裏道に入ると、そこはひと気がなく、表の通りからは想像もつかない別世界でした。
場所によっては、江戸時代にタイムスリップしてしまうような風景が残っています。そして、伝法院通りに入ったとたんに、私は懐かしさでいっぱいになりました。
ここは結婚する前に、母と買い物に来た通りでした。
あの時買ってもらった帯締め、足袋、そして帯は、今も箪笥の中で、昔の思いを秘めたまま、静かに眠っています。
そして、その思い出は、母と二人で歌った「はるのうららの、すみだがわ…」の歌につながっていきました。
そういえば父も浅草が好きで、何度か一緒に来たことがありましたけれど、なぜかその時の光景に両親が並んでいません。
多分親孝行気分で、それぞれの親の気の向くままに、私がお付き合いしていたようです。
でも嬉しいのは、その頃よく立ち寄ったお店の幾つかが、今もまだ健在なのです。
熱烈な宝塚ファンのマチコさんも、マルベル堂の前では「あれ私持ってる」と、懐かしそうに立ち止まっていました。
裏道の角の金物屋さんで、桐のまな板500円というのを見つけ、桐は柔らかいから、長持ちしないだろうな、と思いながらも1枚買いました。なにしろ、我が家のビニールのまな板は、ユトリーバでお台所係りになる人の頭を悩ませているようなのです。
人出が多すぎて、たっぷりと満喫したとはいえない一日ではありましたけれど、そして何度も来ている浅草なのに、今回はなぜだかいつもと違う、ほんわかとした感慨を覚えました。
人形焼きを3包み買って、上野駅に向かうマチコさんにバイバイと手を振って、少し離れた都営地下鉄の駅に向かう私は、なんだか浮き浮きとして、反芻した娘時代の思いを噛みしめていました。
やっぱり私は浅草が好き。また近いうちにこようっと。その時はもう一度尾張屋の特上天丼を食べるんだ。







