何か月も前のことです。渋谷からバスに乗って、ふと、外を見ると、駅の近くのわずかのスペースに同じ会社のタクシーが3台停まっていました。
緑と黄色が鮮やかなボディです。
なんだかとても印象に残りました。
信号が青になって走り出すと、向こうからどっと車の波が押し寄せてきましたが、その中に、同じ車体のタクシーが何台か走ってきました。
そうなるともう気になって仕方がない性格です。
その日はぼんやりと目で追っていた程度だったのですけれど、翌週また同じ路線に乗った私は、知らず知らずのうちに、その会社のタクシーを眼で追うようになっていました。
何週目かについに、渋谷から新宿までに出会う、そのタクシーを数えはじめました。
バスに乗っている時間は20分ほどです。どうせ何もすることがないその束の間のフリータイムですもの。
恰好の暇つぶしをみつけてしまいました。
そして驚いたことに、そのわずかの時間に出会った彼?は、なんと、70台!日によっては100台以上の日もあります。
頭にトーキョーとついているその会社のこと、きっと東京中を快走していることでしょう。でもダントツに新宿界隈に多く見られるのです。
そして、これは偶然なのでしょうけれど、そのタクシーに複数のお客が乗っていることは、ほとんどありません。あるいは空車です。
これはほかの会社にも共通していることと思います。
原油の高騰、二酸化炭素による温暖化…そのほかにも、暮らしにくい都会生活の要素が溢れかえっている現在、なんて非効率なことなんでしょう。
最近愛用している都心の都バスは、昨日など、勝鬨橋から銀座4丁目まで、25分もかかってしまいました。すいていたら5分で行ける距離です。
勿論渋滞はタクシーのせいばかりではありません。
築地を通り抜けるこの路線は、荷物の積み下ろしも多々見られますけれど、いずれも渋滞の原因ですよね。
でも生活の大動脈である築地には、最敬礼をして通らなければなりません。
そんなトラックを捕まえてるパトカーがあるんです。渋滞の原因にもなっているこの光景を見ると、かわいそう!と思ってしまいます。
このお巡りさんが今夜食べる焼き魚は、この人がはるばる三陸海岸や、静岡から運んできたものかもしれないのに。
そういえば一時大騒ぎをした駐車禁止取り締まりは、あまりにも現実離れしているために、尻つぼみになったみたい。
(こう書いた翌日、息子のところに、駐車違反の紙が郵送されてきました。家の近所に10分間停めて捕まったんですって。交通違反係はしっかりと仕事しているんだわ)
この際さしあたっての渋滞解消策として、タクシー会社は、同方向相乗り制度を考えるべきなんではないかしら。

話が逸れました。件のそのタクシーはずっと前から走っているのに、少なくとも1年前までは、全く気にしていませんでした。
でももはや私の中の重要な存在になってしまった彼?は、外に出ると必ず、と言っていいほど、私の前に姿を見せてくれます。
歳を重ねて、ほのかな恋心なんぞはとっくに沼の底に沈めてしまった私の胸に、あらたなときめきを覚えさせてくれる存在でもあるのです。
これは私が都会に住んでいるから、そして、盛り場にしばしば繰り出すからなのは、いうまでもないのですけれど、面白いと思うのは、私の歩く先々で待ってたように姿を現すのです。
たとえば、<夕方の買い物に行こうと、家から100m足らずの信号の前に立ったとき>、<四つ角でふと振り返ったとき>、<バスの中で、何気なく外を見たとき>、<地下鉄の駅から地上に出た瞬間>、この間なんぞは、ポストの夕刊を取ろうと玄関を出たら、目の前に…。
だから2台続いて走ってきたりすると、嬉しくて、うれしくて。
そうして、いつのまにか、このタクシーを見かけた日(といっても毎日です)は、今日一日いい日と、暗示にはまっている私なんです。
以前、カーブを走ってくる電車がとても偉そうで好き、と書いたら、お友達にすっかり馬鹿にされてしまいました。
「あなたって、子どもみたい」と。
どうやら私は動いているものが好きなのだと、気がつきました。
だから壊れた時計なんぞは、ただちにごみ箱行きです。
動きのある生活って、前向きでいいな、と思ってるんです。
でも、タクシーに乗るのが苦手な私は、旅先以外ではほとんど乗ったことがないのも、事実です。
ずっと大昔のことですが、甲州街道で停車していたタクシーが突然急発進をしたために、横を走っていてびっくりした私は、とっさにクラクションを鳴らしました。
そのあと、その雲助さんは、私の前で1キロに亘って、急ブレーキの嫌がらせを繰り返しました。
もう一つタクシー嫌いになった理由があります。
大荷物を抱えて羽田空港に降りた私たち夫婦は、時間が遅かったのでタクシーで帰ろうということになりました。
タクシー乗り場は遠距離と近距離に分けられていて、係が行く先を聞いて列の振り分けをしています。
行く先を言って、言われるままに並んだ私たちが乗った車は、行く先を告げると舌打ちをしました。きっと横浜とか多摩方面とか言って欲しかったのでしょう。
そして走り出すと、これ以上は無理と思うほどの乱暴運転で30分間、もう本当に肝が冷える思いでした。
家の近くまで来たとき、運ちゃんがやっと口を開いたのが、
「あんたたち、どこから来たの?」
「沖縄から」
「東京はタクシーの乗り方にルールがあるんだよ、ちゃんと調べてから乗るんだよ、そいでどこに泊まるの?」
「自分の家だけど…」 おにいちゃん、そこでちょっと黙りました。
旅の帰りでよれよれの私たちは、きっと遠くから夜逃げしてきたと、見られたのでしょうね。
私の家が近距離か遠距離かの判断は、あくまで空港の係の人の主観に基づいています。
私たちのせいではありません。
降り際に、ちょっと後ろめたそうな声で「ありがとうございます」と言って、バタンとドアが閉められました。
悔しいからおつりはきっちりと受け取りました。
そこで本題に戻ります。一度この鮮やかなツートンカラーのタクシーに乗ってみたいと思いながら、もし、前のような嫌な思いを繰り返すことになったら、私の神話は砂上の楼閣として、がらがらと音を立てて崩れてしまうことでしょう。
気のせいか、ドライバーさんが、みんな気難しい顔に見えてしまうのです。
だからこれからも、タクシーには、よほどのことがない限りご縁がなさそうです。
遠目に見て今日はラッキーデー、と思うにとどめることにしましょう。
ご機嫌うかがいは旦那だけでもうたくさん!












